続!小児喘息が治った経験!発作が一度も起きなかった健康学園での生活

こんにちは!さくらです^^

前回は、私の小児喘息の症状についてお話ししました。

小児喘息が治った経験!大人になるまでに治った私の症状と健康学園との出会い

辛い喘息生活だったのですが、小学生3年生の時に親元を離れて寮生活をすることになりました。

そこが、「健康学園」という所でした。

健康学園での生活スタート

 

私の学園生活のスタートは小学3年生の12月でした。

思えば行く前は、親や兄弟に「寂しい」と反対されて、かなり話し合いました。

でも「苦しいのは私なの!だから行かせて!」の私の決め台詞で、行くことが決まりました^^;

我ながらその行動力に驚きます(笑)

でもやっぱり、喘息がそれほど辛かったんだと思います。

 

親元を離れるということも、きちんと理解できていない中での出発でした。

家が恋しくなったこともありましたが、冬休みがすぐにきましたし、定期的に休みになると自宅に帰れたので自然と慣れていきました。

 

学園内は一階が寮になっており、階段を上がって二階が学校となります。

通学時間が30秒と言うのは、素晴らしいですよね(笑)

喘息の発作が一度も起きなかった生活とは

  さて、ではそんな学園生活の様子を紹介していきたいと思います。

規則正しい生活

朝は確か6時半起床でした。

起床時間になると音楽が流れて起きるのですが、毎朝検温があるのでその時には朝一番の太鼓が鳴ります。

チャイムでなく、一階に太鼓が置いてありまして、それを当番の寮母さんが叩くんですね。

太鼓の叩き方で、食事とか検温とかが決まっていました^^

 

集団の寮生活ですからね、朝起きる時間から寝る時間から全て決まっています。

食事の時間、勉強の時間、自由時間、お風呂の時間、全て規則正しく決まっているので、これも健康に生活するうえで大切だったなぁと思います。

健康の為の食事管理

テレビ見ながらポリポリとスナック菓子を食べることもできません(笑)

朝、昼、おやつ、夕と、管理栄養士さんの献立で、全て食堂で食事をします。

学校の先生や寮母さん、給食を作っている人や用務員さんも一緒なので、子供より大人の方が多かったです。

おやつはプリンとかおまんじゅうとかで、ジュースや牛乳も飲んでいたかなぁと思います。

食事のおかわりも多少あったように思います。

学校の給食レベルですかね。

クリスマスはパーティー風になったり、楽しいイベントもありましたよ。

とにかく体を動かす

やたらと走っていた記憶があります(笑)

2週間に1回は2キロマラソンがあり、タイムを計ります。

そして同じく2週間に1回は海岸で30分マラソンを行います。

 

1周走ると先生から輪ゴムを1本もらい、最終的にその輪ゴムの数で走った距離を記録します。

みなさん海岸でマラソンって走ったことありますか?

これがすっっっごいしんどいんですよ!

湿った土の上を走るのも疲れるし、海からの風で体力を奪われます。

それに加えて30分ですからね;

2キロマラソンは10分弱で走れますから、その3倍となるとかなりきつかったのを覚えています。

さて、2つのマラソンが交互に毎週あるってかなりスパルタですが、もちろん楽しいい運動もありました。

海で水泳は特に楽しかったです。

あ、嫌いな人にはこれもハードですよね(苦笑)

私は喘息があったので、幼稚園から水泳は習っていました^^

泳げる人は、沖のきれいな海に連れて行ってもらったりしたんですが、透明度の高さに感動した覚えがあります。

モーターボートに乗せてもらったり、紐で浮き輪を結んでボートで引っ張ってもらったり、楽しかったです。

(職員が個人で所有しているボートを借りました)

そしてレクリエーションの先生も外部から呼んでいまして。

定期的に来てくれていました。

体育館で楽しいゲームをしたり遊んだりして、とても楽しかったですよ。

 

寮生活の方でも、歩け歩け遠足と言って長距離を歩く遠足がありました。

(30キロくらいかな?)

ポイントごとに先生が待機してクイズを出されたり、工夫されていました。

レクリエーションがとにかく多くて楽しかったのを覚えています。

都会では絶対できない経験

私は喘息持ちだったせいで、子供のころは休みの日もアクティブに出かけることはほとんどありませんでした。

行っても遊園地や動物園くらい。

アウトドア的なことは一切したことがなかったので、学園では初めて尽くしが多かったです。

例えば・・・

山登り、トンネル探検、野菜を育てること、田植え・稲刈り、川遊び、釣り、海遊びなど。

 

私はそれまで好き嫌いが本当に多かったのですが、自分で野菜を育てることでたくさんの野菜を克服できました。

寮母さんが収穫したてのナスを、寮で鉄板を出してバター焼きにしてくれたり・・・

同じく収穫したキュウリでキムチを作ってくれたり・・・

おいしかったなぁ(笑)

自分で育てた野菜って、今まで食べたことないくらいおいしいんですよね。

田植えや稲刈りもいまだに覚えています。

まるで鉄腕DASHみたいですね(笑)

 

後は山に遠足や、トンネル探検、海遊び。

木に登って、木の上でおやつを食べたこともありました。

木のつるでリアル「ターザン」もやりましたよ(笑)

海遊びと言っても、海の私有地部分?というのでしょうか、

所有者に許可をもらって、ウニや貝を採らせてもらって採れたてを食べたりしました。

ところてんも海藻から作ったんですよ。

都会ではまず体験できないことだらけですよね。

田舎でも、車移動が多い生活をしていると運動不足になると聞きますし、なかなか経験できることではないと思っています。

 

今でも鮮明に記憶に残っていることが多いので、こういった体験からたくさんの刺激を受けていたんですね。

体を動かすだけじゃなくて、食育であったり、自然の観察や触れ合いであったり、いろんな学びがあったのだと思います。

それを友達や先生と分かち合うことで、一層自分の中で育っていくものがあったんだと感じました。

体の為に教えてくれたこと

さて、健康学園ですから他にも体の為に教えてもらったこともありました。

例えば腹式呼吸の練習。

喘息で呼吸が苦しい時は、腹式呼吸が良いと言われていますね。

保健体育の先生が、じっくり腹式呼吸の仕方を教えてくれました。

 

そして、毎朝の乾布摩擦!

乾布摩擦(かんぷまさつ)って知っていますか?

上半身裸で、乾いた布やタオルを肌にこする健康法です。

皮膚への刺激により自律神経の働きを高め、気管支喘息や風邪の予防に効果があると言われています。

 

健康学園では毎朝、窓を開けて上半身裸で行っていました。(もちろん男女別です。)

手拭いをねじりはちまきのようにねじって、お団子に結んだものを肌にこすっていました。

冬の朝でも窓を開けてましたからねぇ・・・すっごい寒かったですよ。

 

乾布摩擦は強くこすりすぎると肌を痛めるので注意が必要です。

アトピーの子はできませんが、一緒に見学したりしていましたよ。

 

健康学園で得たもの

私が健康学園での生活で得られたと思うことです。

体が健康になった

これは言うまでもありません。

私は小学3年生の冬から5年生まで健康学園で生活しました。

(健康学園は小学3年生から6年生までの子供が通うことができます。)

 

小学3年生になってから一度も体育をできなかった私が、大きな発作を起こさずマラソンもバリバリ走っていたのですから(笑)

海の近くという環境も合っていたのかもしれません。

規則正しい生活や、体を鍛える様々な方法が、自分の体を強くしてくれたのだと思います。

 

集団生活で社会性が身についた

私は兄と10歳離れています。

なので、ほとんど一人っ子状態でした。

かなりわがままで気が強い子でしたし、体が弱いこともあって甘やかされていた部分もありました。

それが集団生活という輪の中に入って、人間関係を築いていくことで社会性が身につきました。

そして心も強くなったような気がしています。

 

貴重な体験ができた

記事に書くために色々と記憶を呼び戻しましたが、これほど鮮明に覚えているとは自分でも驚きました。

それほど貴重な体験で、自分でも覚えていたんだと思います。

 

自然との触れ合いって、今は特別なものになりつつあります。

親が興味なければ、子供に体験させることはできませんし、

そもそも親だって忙しいですから、子供にできることは限りがありますよね。

 

今は兄弟も少ない家庭が多いし、人との関わりも減っている中で、自分は本当に貴重な体験ができたのだと思っています。

 

学園での生活は、もちろん別途学費が必要です。

はっきりと親が言ったわけではありませんが、確か月に6万程かかっていました。

私が小学3年の時には、うちは母子家庭でしたし、金銭的にも余裕はなかったと思います。

でも快く送り出してくれた母と兄には心から感謝しています。

 

その後の喘息の症状は

 

小学6年生からは公立の小学校に通い始めました。

小学校にも籍はあり、度々夏休みなどのタイミングで早めに帰り、登校もしていたので友達もいました。

私は以前とは変わり健康そのもので、体育の授業も普通に受けることができました。

確かバドミントン部で、スポーツのクラブもやっていましたよ。

 

中学生で一度発作が出た

そんな健康な私でしたが、中学に一度大きな発作を起こしました。

治療が長引いたので、先生から入院の提案もあり入院しました。

でもね、入院したころには結構元気になっていまして^^;

退屈だったので小児科の本をかなり読んでいた記憶があります。

母も乳幼児時代とは違って、体も大きくなったので入院への抵抗もなかったようです。

 

退院後はしばらく体育も見学でしたが、小学生の頃と違い治りは早かったように思います。

その後はまた普通に学校生活も送ることができました。

 

大人になって喘息が再発

それから15年ほど過ぎて、30歳を過ぎてから喘息が再発しました。

でもこの成人してからの喘息は、原因が特定できていません。

 

小児喘息だったから大人になって喘息になったと考えるのは簡単ですが、はっきりと原因がわからない今、大人の喘息と小児喘息は別にして考えています。

まとめ

私の小児喘息が治った経験談でした。

健康学園という特殊な環境での体験だったので、参考にならないと思った方もいるかもしれません。

でも学園での生活を細かく見ていくと、体を動かすことや規則正しい生活など、実践できるポイントが多くあるように思います。

 

小児喘息は多くが成人するまでに治ると言います。

また、治しておかないといけないとも聞きます。

 

体の成長とともに症状が抑えられる部分はあると思いますが、

やはりそれだけでなく、積極的に症状改善の為に行動することが大切なのかなと感じています。

 

大人の喘息は治すことよりも「上手に付き合っていく」という観点ですが、

小児喘息は私の母のように、「治ると信じて」、前向きに治療することが大切だと思います。

 

ぜひ参考になれば幸いです。

 

ではまた。

 

▼ランキングに参加しています▼

にほんブログ村 ライフスタイルブログ シンプルライフへ
にほんブログ村 病気ブログ アレルギーの病気へ
にほんブログ村

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です