小児喘息が治った経験!大人になるまでに治った私の症状と健康学園との出会い

こんにちは!さくらです^^

今回は私の小児喘息時代の症状と、「健康学園」と言うものについてお話しします。

20年以上も前の話になりますので・・・

どこまで参考になるかわかりませんが^^;

でも小さい頃から症状があった私も、小児喘息は治りました。

「健康学園」は特に、私が小児喘息を改善できたきっかけだと強く思っています。

私の小児喘息時代

私の小児喘息の時の症状です。

乳児時代

母は一歳になる前から喘息の症状が出ていたと話しています。

「小さい体に管をつけられて・・・」とは話すのですが、もう還暦を過ぎているので記憶が曖昧なことも多いです^^;

小児喘息は大体が2歳頃から発症するようなので、母の話がどこまで合っているのかはわかりません。

当時はお薬手帳などもなかったですし、記録していたものも特にないので、自分がいつ喘息と診断されていたのかもはっきりとわかりません。

ただ、母乳アレルギーがあったと母は話しているので、アレルギー体質だったことは間違いなさそうです。

幼児時代

私は喘息に詳しい大きな病院の小児科の先生に診てもらっており、治験のようなこともしていたと母は話していました。

 

何度も入院は勧められましたが、母いわく

「小児科はいろんな病気の人がみんな同じ病棟だから、違う病気を移されたら大変だ」

ということで、決して入院はしなかったそうです。

 

そして、病気の認定?のようなことも勧められたようですが、絶対治る!と信じていたので申請などはお断りしたそうです。

申請して認められると、治療費など助成が受けられたそうです。

 

※私の子供の頃と同じものかわかりませんが、現在も18歳未満の児童で、症状や治療が長期に渡る場合には、「小児慢性特定疾病」という助成が受けられる制度があるようです。

喘息については詳細が不明なので、気になる方は調べてみてくださいね。

 

でも入院を勧められる位のひどい症状でしたから、母や父は一日に何度も点滴をさせに病院へ連れて行ってくれていました。

私も一日2、3回と病院に行ったのを覚えています。

それは昼間だったり夜中だったり・・・

 

夜中なんかはタクシーしか交通手段がないわけですが、私が車酔いをするので自転車で30分の道のりを良く連れて行ってくれていました。

タクシーに乗る時は、いつもエチケット袋を手にして乗っている子だったので(汗)

 

喘息で息苦しい症状もありましたが、それよりも吐き気が強かったことを覚えています。

喘息の吐き気プラス車酔いなので大変でした(苦笑)

なので、遠い距離を自転車で連れて行ってくれていた家族には、ただただ感謝しかありません。

1度発作が起きると長引くので、幼稚園も2週間程休んだりしていました。

でも幼稚園は好きで、友達もいて楽しんでいましたよ^^

 

小学生時代

小学校に入ってからも症状は変わらなかったと記憶しています。

特に覚えているのが小学3年生。

発作が頻繁に起きていて、体育の授業は一度も受けられませんでした。

そんな小学3年生の秋頃、私は自分自身で大きな決断をして、家族を説得しました。

健康学園との出会い

 

私の親戚の家の近くに健康学園がありまして、ちょうど親戚の家の隣家がそこで働いている先生のお宅でした。

 

夏休みになると毎年親戚の家に遊びに行っていたのですが、

その時に私が喘息だと聞いた隣家の先生が、ぜひ健康学園へ来てみないかと誘ってくれたのです。

 

さて、「健康学園」と聞いても、何それって感じですよね^^;

 

簡単に説明すると、都内の体の弱い子供が親元を離れて自然の多い場所で寮生活をするところです。

小学3年生から6年生までの子供が通うことができます。

現在は財政難や児童の減少で多数閉鎖されてしまっています。

私が通っていた学園も数年前に閉鎖されました。

だから、健康学園のお勧めはあまりできず残念です・・・

 

でも、その学園生活で、私は一度も発作を起こしませんでした。

入園する前まで、ほとんど体育の授業を受けられなかった私が、です。

 

学園生活では色々と厳しい規律がありました。

そして、体と心を鍛える為に様々な経験をさせてもらいました。

 

それはきっと、学園に行かなくても学べることもあると思います。

虚弱体質や、肥満、喘息、アトピー、みんな抱えているものは違いましたが、みんなが頑張って生活していました。

次の記事では、健康学園で具体的にどういう生活をしていたのかをお話しします。

ではまた。

 

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